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鈴木 達朗
ドイツ

ドイツ通信
~Probieren wir mal!~
(とりあえず、一緒にやってみよう!)

鈴木 達朗
宮城県出身。中学生からサッカーを始め、大学1年まで競技を続ける。サッカークラブも無い町で、一人でストライカーなどの雑誌を読んでは友人に薦め、「サッカーマニア」と呼ばれる少年時代を過ごす。中学では、クラブチームに所属。小学校で全国大会に出た選手たちを目の当たりにして、早々に挫折。頭を切り替えて、選手時代からコーチの目線で過ごす。学者になるつもりで渡った先のベルリンで、たまたま試合に誘われたクラブから、コーチになることを頼まれて、指導者になる。二足のわらじで大学も卒業し、現在に至る。タイトルは練習中に発する自分の口癖から取ったもの。
Webサイト:http://www.tatsurosuzuki.com/

ドイツ

■境界線を越えて(前編)

2016.09.05

みなさん、セアヴス(南ドイツの「ハロー」の方言のひとつ)!今回は、最近僕が考えていることについてお話しましょう。前回まではサッカーのピッチ上に関わる話をしたので、これまでとは少し違った視点でサッカーを見てみましょう。前回、「普段サッカーに興味のない人は、分析や細かいディティールには興味がない」と挑発的なことを書きましたが、その理由について見ていきましょう。

「境界線」と「世界」
最近、調べ物をしながら文章を書いているのですが、書きながら気づいたことがあります。タイトルにあるように「境界線」と「世界」についての話です。みなさんは「世界」と聞くと、どんなことを思い浮かべますか?おそらくは「海外」や「国外」といった何かしら地球の地理上のことを思い浮かべるはずです。そして、境界線と聞くと、国境や何かしらの範囲を定める線をイメージすると思います。さて、ここで「人の数だけそれぞれの『世界』がある」と聞くと、それは人それぞれの考え方や世界をいかに見ているか、という話になります。今回は、このいかに「世界」を見ているか、という話です。そして、その枠組を「境界線」と呼ぶことにしましょう。

「世界」を作る「境界線」の外側と内側
さて、人間が「世界」をいかに切り取って見ているか、と考えると、それはさまざまな枠組みの線の組み合わせによってできた結果だということができます。今回は、わかりやすい例のひとつとして、僕と僕の母の話を例に取りましょう。
僕はこうやってサッカーが好きで、サッカーに関して話をしている「サッカーの世界」に所属する境界線の内側にいる人間です。そうして、サッカー好きな人々に伝わる言葉を使って、その文脈のなかで話します。この世界のなかで意味が伝わる土台を「コード」と呼びます。僕の母はテニスが好きで、「テニスの世界」に所属する境界線の内側の人につながる話をします。僕は「テニスの世界」の外側にいるので、同じ日本語でも、その世界の言葉はわかりません。母には僕の「サッカーの世界」で使う言葉がわかりません。ここで、極端な例として、双方ともにそれぞれの世界に無関心という状況を想定しましょう。実際も似たようなものですが、それはまた別の話です(苦笑)。

ケース1
僕:「この前、サッカーのXX選手のインタビューしてきた。5バックでオフサイドトラップは難しいらしいよ」
母:「へえ…、そうなんだ。(誰?5バック?オフサイドトラップ?)…難しいんだ」

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ケース2
僕:「テニスの錦織圭選手と少し話をしてさ、サッカー好きで、うまいんだって。昔はフォワードだったんだってさ」
母:「え、うそー!サッカーが好きで、うまいんだね。フォワードって何?」
僕:「前線で点を取る人だよ。ボレーシュートとか決めると格好良いよね」
母:「ああ、分かる気がする!ボレーが上手いからね!」
僕:「お、おう…?」

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2つの「世界」をつなぐ、3つ目の世界を作る
この話はフィクションですが、ケース1とケース2の違いがわかりますか? ケース1は僕が「サッカーの世界」の言葉で話した場合です。母はまるで外国語を聞いているような気分で、「そうなんだ」というのみです。ケース2は僕がはじめに「テニスの世界」の言葉を使って、そのコードなかで「サッカーの世界」の言葉を使いました。つまり、僕ははじめに境界線を越えて「テニスの世界」へ入り込んで、母を「サッカーの世界」へ入れるようにドアを開けたわけです。そうして、この2つの「世界」の間に共通の土台となるコードを作り、「テニスの世界」と「サッカーの世界」にその両方をつなぐもう一本の境界線を引き、「錦織圭に関心がある人の世界」という共通の境界線の内部に入り込みました。コミュニケーションというと大げさですが、対話が成り立つのは、こういうときです。

柄谷行人という人は「外部」、「他者」という言葉を使って、ウィトゲンシュタインという哲学者やフロイトといった心理学者たちの引用をしながら、この境界線の外側と内側の話をしています。思いきって簡単にいってしまうと、この境界線の外側にいる人、基本的に自分がいる「世界」の内側の言葉を理解する気がない人間を想定してみよ、という話です。

今回のユーロは友人の母親や奥さんといった普段サッカーと関わりのない人たちに囲まれながらサッカーを見る機会が多かったので、個人的には普段とは全く違った「世界」に囲まれながらのサッカー観戦となりました。こういった環境のなか、どうやったら話が成り立つんだろう、ということを考えるいい体験となりました。

抽象的になってしまいましたね。次回は、この話を踏まえて、「サッカーの世界」を基本的に理解する気がない人を想定したうえで、どのようにそういった人々と共通の「世界」を構築できるかを考えていきましょう。

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