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Column コラム

海外発!日替わりリレーブログ ワールドサッカー通信局
鈴木 達朗
ドイツ

ドイツ通信
~Probieren wir mal!~
(とりあえず、一緒にやってみよう!)

鈴木 達朗
宮城県出身。中学生からサッカーを始め、大学1年まで競技を続ける。サッカークラブも無い町で、一人でストライカーなどの雑誌を読んでは友人に薦め、「サッカーマニア」と呼ばれる少年時代を過ごす。中学では、クラブチームに所属。小学校で全国大会に出た選手たちを目の当たりにして、早々に挫折。頭を切り替えて、選手時代からコーチの目線で過ごす。学者になるつもりで渡った先のベルリンで、たまたま試合に誘われたクラブから、コーチになることを頼まれて、指導者になる。二足のわらじで大学も卒業し、現在に至る。タイトルは練習中に発する自分の口癖から取ったもの。
Webサイト:http://www.tatsurosuzuki.com/

ドイツ

■インタビュー マーロン・ベントさん
(ベルリンサッカー協会フットサル部門リーグ運営担当、ヘルタ06監督)(前編)

2016.02.25

みなさん、グーテンターク! 今年もよろしくお願いします。今年もベルリンの冬はあまり良い天気といえる日は少なく、どんよりとした雲に覆われています。さて、以前に書いたようにドイツの冬は室内サッカーの季節です。近年はフットサルがドイツサッカー連盟の公式な室内サッカー競技になるなど、徐々に動きを見せ始めています。

今回は昔のチームメートで、今はベルリンサッカー協会のフットサル部門で働いている友人に話を聞いてきました。ベルリンにしろ、日本にしろ似たような悩みがあったり、それぞれ独自の問題がある中、どうにかやりくりしている現状が見えてきました。僕らがプレーできている裏側で、サッカー協会がどのような仕事をしているのか、見ていきましょう。

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マーロン・ベントさん (筆者撮影)

――今日はこのインタビューに時間を取ってくれてありがとう、マーロン。今、自分がフットサルでどんな役割を担っているのか、実際にどんなことをやっているのか、簡単に自己紹介してもらえるかな?

マーロン 君が知っているように、僕はCFCヘルタ06というクラブのフットサルチームの監督をしていて、チームはベルリン1部リーグに所属している。えーっと、2012年の秋からかな。ベルリンサッカー協会での仕事はもっと長いこと続けている。途中に中断期間もあったけどね。今はベルリン1部リーグの運営係を担当していて、具体的には、リーグのオーガナイズ全般と拡大のための責任者といえるかな。公式にはそういうことになっているけれど、まあ、ベルリンのフットサル関係全般に何かしら関わっているよ――例えば、リーグに所属している各チームとは常にコンタクトを取り続けているし、ベルリン選抜チームのマネージャーとしてオーガナイズの責任者として動くこともあるしね。まあ、だいたいそんなところかな。

――どうして、そういう役割を担うようになったの? 簡単な仕事じゃないよね?

マーロン うーん、どうだったかな…。まあ、自分でフットサルをプレーするようになって…、もう10年ぐらい前か、当時はFCインターナチオナーレ・ベルリンに所属していて――そこで僕らは一緒にプレーしていたわけだけれど…。その前から別のチームでフットサルは始めていて、SVエンポーアだったり、まあいろいろ長い道のりがあったよ(苦笑)。それで、今は君が監督をしているアイントラハト・ジュートリングで監督としても活動するようになったんだ。今はクラブが違うけど、少しずつね、監督としての役割にも馴染んできたかな。そうして選手や監督として活動しながら、ベルリンサッカー協会から仕事を任されて、今はベルリン1部リーグの運営担当者として活動している。将来的には、フットサル部門担当責任者になるんじゃないかな。ただ、「将来的には」といったけれど、今の担当者のアーヒム・エンゲルハルト(筆者注:ベルリンサッカー協会のフットサル部門担当として、長いこと活躍。ベルリンのフットサルの普及・発展に尽力)が重病を患ってしまって、働けなくなってしまったから、今は彼の仕事も部分的に引き継いで、サッカー協会の役員会にも参加している。まあ、働いていればそういうこともあるよね?

――そうだね。ベルリンサッカー協会ではどのような仕事を具体的にしているの? 例えば、リーグ戦のオーガナイズといっていたけれど。

マーロン そうだなあ、さっきも少しいったけれど、試合当日には体育館で試合時間などのスケジュールの調整をしたり、クラブの担当者と連絡を取り続けたりしないといけないし、サッカー協会の公式なニュースを配信しなければらない。同時に、これから先、フットサルやリーグ自体がいかに発展していくのか、あるいは変化していくのかを予測しながらプランを作っていかないといけないんだ。常にベルリン州内の動向を追っていなければならないし、その一方で、他の州のサッカー協会がどんなことをやっているのか、どんな動きがあるのかも見渡せないといけない。それらがすべて、責任者としての僕に与えられた役割だよ。

――すごい量の仕事に見えるけれど、それはボランティアなの?

マーロン うん、ボランティアだね。もちろん、少しはお金はもらえるけど、職業になるほどではないね。

――どのぐらいの時間を費やしているの?

マーロン うーん、具体的な数字にするのは難しいな。もちろん、仕事として時間を数えることも部分的にはできなくはないけど…。例えば、リーグに参加している各チームとの連絡を取りつづけることなんかは時間を測れないからね。まあ、そのときにどんな作業が必要かどうか、ということかな。例えば、今年の冬は使える体育館の数が減ってしまって、リーグの運営に問題が起きてしまった。そうすると、試合のスケジュールを最初から組み直して、その状況に合わせたものに作り直さないといけなかったりする。そうすると、当然、仕事の量が突然増えてしまったりする時期が出てくるよね。まあ、本来ならなかったはずのストレスが増えてしまうし、それは各チームにも当てはまるけど…、まあ、それは起こりえることだし、それに対応することも仕事のうちだよ。日程の変更を各チームに連絡して、場合によっては試合の延期も起こりえる。そういったこと全部を含めると、具体的な時間はいえないな。

――体育館の調整は誰と進めるの? ベルリンの各区の市役所とかかな?

マーロン そこには多くの人が関わっているんだ。まずは3部あるベルリンリーグの各リーグの担当者、その上にベルリンサッカー協会のフットサル担当者、そしてその上にはベルンハルト・ボルヘル――彼はベルリンサッカー協会の役員であり、管轄する試合全般の責任者なんだけど、彼が統括者として動いている。まあ、それが協会の役職の並びで、僕自身もまだフットサル部門の担当として協会の役員会に顔を出すようになって日が浅いからね。公式には、ベルンハルト・ボルヘルがフットサル部門の統括としての役割も兼任していることになっている。サッカー協会としての公式のコンタクトは彼の名前の下に行われているんだ。今は、僕自身はスタッフとしてそこに帯同しながら仕事内容を把握して、フットサル部門の担当者になる準備期間なんだ。

――体育館が使えなくなったのは、たぶん、急激に増え続けている難民の宿泊先の確保の影響だよね?

マーロン そう。僕らが普段使っている体育館に関してはね。まあ、冬はその問題がなくても、いつも問題だらけなんだけれどね。体育館の使用に関しては、他の室内競技に優先権があるし、そこにサッカーや他の屋外競技も入ってくる。フットサルは競技としての認知度も高くないし、ベルリンで立地的にも設備的にも理想的な体育館を使えているとはいえないけれど…、まあ、今はそのステータスの中でできることをやっていくしかないからね。ここで、強調しておきたいのは、ベルリンの市役所や区役所のスポーツ部はとても協力的で、最大限の協力をしてくれているし、限られた施設の中でも、こうやって試合のオーガナイズのために日程を調整してくれて使えるようにしてくれていることには本当に感謝しているんだ。でも、やっぱり、フットサルが競技として優先順位の下位にあるのを感じるのは、残念だけどね。

――フットサルがドイツ国内でまだまだ普及していないのは、そういう部分でも感じるよね。ドイツ代表ができて、徐々に前進しているとはいっても…。 

マーロン そう。フットサルがドイツ国内で認知度が低いことは認めないといけない。例えば各クラブにしても、市役所は昔からある会員の多いクラブに優先権を与えるから、新設クラブにとってはなかなか練習場の確保もままならなかったりする。そういうことから見ても、フットサルの国内でのステータスや人気に関しては、もっと働きかけていけない。でも、時間とともに、そういった点でも発展していくとは思っているよ。もちろん一方で、体育館を使える環境がもっと改善されることを願っているけどね。フットサルが競技としてプロフェッショナルなものになっていくには、そのための環境は不可欠だから。

――マーロンは選手としても、ベルリンで最も長くプレーしている選手のうちに入ると思うんだけれど、この10年を振り返ってみて、どう思う?

マーロン うん、そうだと思う。僕がプレーを始めたころは、まだベルリン州内の各大学が連携してオーガナイズしていたからね。それで、大学側が連携の辞退を申し出てからは、ベルリンのサッカー協会がオーガナイズを引き受けるようになった。それまでは大学とサッカー協会が一緒に運営していたんだ。これはベルリンのフットサル関係者にとってはとても厳しい変更だったんだ。それまでは、各大学に設置された体育館を使っていたんだけれど、それがいっぺんに使えなくなってしまったんだからね。これは僕らにとってはとても悲しい出来事だった。というのも、主にリーグ戦が行われ、僕らが多くの試合をしたベルリン自由大学の体育館が使えなくなってしまったんだから。個人的な感傷は抜きにしても、リーグへの参加も複雑なものになってしまった。それまでとは違って、各チームはベルリンサッカー協会の登録クラブに所属しなければならなくなったんだ。参加するためのハードルが上がる一方で、環境そのものが良くなるわけでもない、というのはフットサルの普及にとっては良いことではないよ。運営面に関しては、サッカー協会が主導ということで、よりしっかりしたものにはなったけれどね。その面ではポジティブだけれど、大学側が連携をやめてしまったのは本当に残念だ。(筆者注:当時は登録制度がゆるく、多くの人びとがプレーできた半面、試合中の乱闘から警察沙汰になることが度々あった。大学側は自治の問題などで、敷地内での警察の介入を本来は許していないので、こういった問題が度々起こるのを嫌った)そういった、ちょうどフットサルに対する関心が高まってきタイミングで、大学ではフットサルコースもできた矢先だったから、なおさらね。でも、また将来、同じように大学との連携が取れるようになるといいね。

――競技レベルとして、ベルリンのフットサルは成長しているかな?

マーロン うーん、昔と比べて大きく発展した、とはいえないかな。まだ諸大学と提携していたころは50チームぐらいあったんだけれど、提携が解消して以降は、それほどのチーム数に達したことはないし、少しずつ減り続けている。以前ほど簡単にプレーできないこともあって、新しい選手の参入が減っているのは残念だね。今、ベルリンのフットサルで中心を占めているのは、そういった時代からプレーしている選手たちが多い。昔に比べて、若い世代の選手たちの参加が少ないね。また以前のようにチーム数が増えて、コンスタントに若い選手が入ってくるのを願っている。長いあいだ、同じ世代がずっとプレーし続けたら、そのうち燃え尽きてしまうのは目に見えている。一方で、各クラブがフットサルに対して、本格的に取り組んで、サッカーや他の根付いている競技と同様にサポートしてくれれば、理想かな。現行の選手たちが辞めてしまうと、そのクラブからフットサル部門そのものがなくなってしまうのでは、新しい選手が入ってくるための窓口すらなくなってしまうからね。現状では、各クラブがフットサルをサポートするためのインフラストラクチャーも整っていないし、オーガナイズも安定したものではないこともあって、新しい選手が定着する機会が多くないんだ。

――ベルリンで、長いこと1部リーグでプレーし続けている、強豪クラブといえるクラブはあるの? 一昔前はSDクロアチアがドイツ王者になってUEFAカップに出たりしていたけれど、今はなくなってしまった。ベルリンのクラブは不安定な印象があるけど…。

マーロン うん。もちろん、長いこと活動しているチームはあるよ。大学と提携していたころにできて、当時はいわゆる“野生のグループ”だったけれど、クラブに登録しながらも、未だに当時の名前で活動しているチームに「ユナイテッド・フットサル」がある。ベルリンでもっとも長いこと活動しているチームとして挙げられると思う。選手の入れ替えなんかもあって、何度も解散の危機があったチームだけれど、いまだに活動している。さっきいったように、そういったチームがオーガナイザーが一人いなくなっただけで消滅してしまうような状況は好ましいものではないね。今のところ、彼らはそういった危機を乗り越えてきたわけだけれど、彼らのようなベルリンのフットサルに根付いたチームが、いつ失くなってしまうかわからない環境にあるのは望ましくない。

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インタビューのかたわら行われた試合の風景(筆者撮影)

今回はここまでです。サッカーが盛んなドイツでも、環境が限られているのは一緒です。とりわけ、これまでの伝統的なスポーツに属していない競技を運営する難しさは国内外を比べても変わらないのでしょうか。次回は、具体的にドイツ国内のフットサルのレベルやマーロン自身が国内外のフットサル界をどう捉えているのかを見ていきましょう。それでは、チャオチャオ!

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