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鈴木 達朗
ドイツ

ドイツ通信
~Probieren wir mal!~
(とりあえず、一緒にやってみよう!)

鈴木 達朗
宮城県出身。中学生からサッカーを始め、大学1年まで競技を続ける。サッカークラブも無い町で、一人でストライカーなどの雑誌を読んでは友人に薦め、「サッカーマニア」と呼ばれる少年時代を過ごす。中学では、クラブチームに所属。小学校で全国大会に出た選手たちを目の当たりにして、早々に挫折。頭を切り替えて、選手時代からコーチの目線で過ごす。学者になるつもりで渡った先のベルリンで、たまたま試合に誘われたクラブから、コーチになることを頼まれて、指導者になる。二足のわらじで大学も卒業し、現在に至る。タイトルは練習中に発する自分の口癖から取ったもの。
Webサイト:http://www.tatsurosuzuki.com/

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■システムの歴史

2015.02.17

みなさん、グーテンターク(こんにちは)! 前回を含めて、ここ数回は、サッカーのトレーニングをするために役立つようなことを書いてみました。今回は、少し視点を変えて、サッカースタイルという点から話をしたいと思います。

現在、19世紀後半のサッカー創生期から現代にかけてのフォーメーションの変化をたどる本を読んでいるのですが、1940年前後までの変化がとても面白いです(出典:文末参照)。

例えば、1872年に行われたイングランド対スコットランドの試合のフォーメーションはイングランドの1-3-7に対してスコットランドは2-2-6で挑みました。当時の新聞には「イングランドの強みは、平均的に14キログラムも重い体重と体格の大きさ。ホームのスコットランドの優っていた点は速さであり、見事なパス回しだった」というようなことが書かれています。次の写真はそのときのフォーメーション図です。

img_01
写真1:1872年のイングランドの1-2-7対スコットランドの2-2-6

現代の僕たちからすると、フォワードに7人や6人もいるのは不思議な感じですね。なぜ、こんなに多くのフォワードがいると思いますか? 答えは、イングランドの初期のオフサイドのルールがラグビーと同じだったからです。ボールよりも前方にいる味方の足元へのパスが禁止されていたためです。詳しくは書かれていないので、推測も混じってしまいますが、前方へのスペースや頭で競り合うようなボールはオフサイドにはならなかったのだと思います。しかし、確実に味方へつなぐパスは後方だけに許されており、前方にボールを運ぶ手段は主にドリブルでした。そうなると、ボールの周囲に群がるようにフォワードが何人もいるほうが、効率的になります。

一方で、オフサイドのルールが「ゴール前16メートルのラインよりもゴールに近い位置で敵チームの後ろから2番めの選手より前でボールを受けるとオフサイド」という現行に近い形で行っていたスコットランドは、うまくパスを回してボールを動かしたのだと思います。

世界中で公式に現行のルールに近い形になったのは1920年ごろです。1930年に行われたワールドカップ決勝のウルグアイ対アルゼンチンのフォーメーションを見てみましょう。ウイングがいて、センターフォワードの背後に2人いるシステムです。中盤に3枚、ディフェンスに2枚という並びは、敵陣でボールを支配したときのペップ・バイエルンのようです。バイエルンの場合は、両サイドバックが中盤の中央に絞るので、このように見えます。2-5-3とも、4-3-3とも、2-3-5ともいえますね。グアルディオラはバルサの監督になる前にアルゼンチンに向かい、ビエルサやメノッティなどの監督たちに会いに行っているところをみると、このあたりの影響も感じないわけにはいかないですね。

img_02
写真2:第1回ワールドカップ決勝。
ウルグアイの2-5-3対アルゼンチンの2-5-3

第一次大戦前後、オーストリアやハンガリーで監督を務めていたイングランド人が3バックを発明したり、アンカーないしフォアリベロが1930年代のイタリアで発明されたり、オーストリアでは”偽の9番”に近い動きをしたストライカーがいたというような歴史を見ていくと、温故知新というべきか、歴史の中に現在「新しい」と騒がれている現象の種のようなものがあることがわかります。

img_03
写真3:1934年ワールドカップ準決勝。
イタリアの2-1(マケレレ・ロール)-4-3
対オーストリアの2-5-1(偽の9番)-2(ワイドツートップ)

こうやって見ていくと、サッカーというのは、フィールド上のスペースを効率的に使うために選手を配置するものであることがわかります。いい換えれば、フィールド上のどこに選手がいるのか、ということが大事なのであって、フォーメーションはそれらがひとつずつ積み重なってできあがった結果だといえるでしょう。この視点で見ていくと、フォーメーションの数字に関して、グアルディオラが「数字の羅列にしか過ぎない」という言葉の意味がわかると思います。

みなさんには、「なぜこの選手(例えばメッシ)はこの位置(例えば右のアウトサイド)に配置されていて、どのような役割があたえられているのだろう」といったことを考えながら試合を見てほしい、と思います。そうしていくことで、戦術的視点が自然に身についていくと思いますよ。

次回は、そういった視点からフォーメーションの組み立て方を見ていきましょう。それでは、チャオチャオ!

(出典:Jonathan Wilson. "Revolutionen auf dem Rasen" Verlag die Werkstadt. Göttingen 2012)

 

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