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Column コラム

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平安山 良太
ブラジル

ブラジル通信
~Futebol arte“王国にGingaを探す旅”~

平安山 良太小学生よりサッカーを初めるが、ケガにより早期挫折。若くして指導者の道へ。日本で町クラブ、部活、Jクラブで幼稚園~大学生まで幅広く指導者として関わり学んだ後、海外へ。東南アジアのプロクラブや代表チームで研修の後、ブラジル1部リーグのAtlético Paranaenseでアシスタントコーチを務めた。2014年5月からはクラブワールドカップでも優勝したSC Corinthiansでアシスタントコーチを務めるかたわら、日本に向けて情報発信を始める。2015年10月からはAvai FC、2016年前半はJ3のFC琉球通訳、後半からはコリンチャンス育成部に復帰。ペルーやアルゼンチンなどにも顔を出す。
twitter:@HenzanRyota
mail:ryota_henzan@yahoo.co.jp

ブラジル

■鹿島のジーコスピリッツにルーツ。元鹿島・元フットサル日本代表通訳の土井エジソン氏

2016.12.28

2016年12月18日、クラブワールドカップ決勝。
開催国枠から出場していたJリーグ代表の鹿島アントラーズは、ヨーロッパ王者でスーパースターをズラリと並べるその陣容から、“銀河系”の異名をとるレアル・マドリード相手に延長まで激闘を繰り広げました。

後半立ち上がりに柴崎岳選手のゴールで一時勝ち越したときは、世界を驚きと興奮の渦に巻き込みました。

筆者のいるブラジルのクラブはこの試合に参加していなかったため、国民は第3者の目から客観的な視点での意見が多かったですが、「もしもセルヒオ・ラモスが正当に退場していれば……歴史は変わっていたのかもしれない」という意見は多かったです。

鹿島アントラーズといえば、国内最多タイトル数を誇る名門。
世界のスーパースターで、元日本代表監督でもあるジーコ氏がクラブのレジェンドであり、現在にいたるまで“ジーコスピリッツ(献身・誠実・尊重がプロ選手の魂)”を継承してきました。

そんなジーコ氏を鹿島で支え、後にはフットサル日本代表通訳も務めた男がいます。

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土井エジソン氏。53歳

現在はフッチボーラという会社を経営し、サッカー留学支援やブラジルでの取材コーディネート、ネイマールを産んだサントスのサマーキャンプ日本開催などを手がけています。
http://www.futbola.biz/

そんな土井エジソン氏に、今回はインタビューする機会をいただきました。

―――日本に来たキッカケを教えて下さい。

土井 私は日系人ではありますが、23歳までブラジルの銀行でシステム開発の仕事をしていました。23歳のとき、JICA(国際協力機構)の研修で1年半ほど日本に行きました。そのときはまだ日本語は今ほどはできなかったですね。日常会話はなんとかという感じでした。その後一度ブラジルへ戻ったのですが、今度は電気機器メーカーでロボットのプログラマーとしてもう一度日本に行きました。

―――その後、好きなサッカーの仕事に?

土井 じつはその前に、好きなブラジル音楽を日本に広める活動もしていました。サッカーに関わるようになったのは、Jリーグが開幕してからですね。当時はジーコなどブラジルの有名選手がJリーグに所属していたり、ビッグクラブがプレシーズンマッチのために日本に来ていたので、そのコーディネートを手伝っていました。このときのブラジルクラブが日本に選手を売りたがっていたので、間に入って紹介のお手伝いをしていたら、鹿島アントラーズから通訳としてのオファーをいただきました。

―――鹿島アントラーズではどんな仕事内容を?

土井 私は96年末~04年の8年間、チーム管理課で当時鹿島でテクニカルアドバイザーを務めていたジーコ及びブラジル人選手たちのサポートをしていました。現場や営業での通訳、アテンドはもちろん、家族の管理もしていました。その後、フットサル日本代表の通訳として4年間、そして現在のフッチボーラですね。

―――通訳のときに意識していることは?

土井 あくまで私は通訳なので、本人が言ったことは意図を変えて訳してはいけません。日本語とポルトガル語は遠い言語なので、うまくニュアンスを伝えるのが難しい場面もあるのですが、日本滞在歴が長くなるとともに少しずつできるようになってきました。また、ニュアンスは変えないにしても、お互いの国で文化的背景が違うので、理解するための補足を入れるという工夫は時折入れていました。

―――フットサルの通訳はサッカーとはまた違う部分もありますか?

土井 あります。私はピッチ内よりもピッチ外の仕事をすることが多いのですが、フットサルのときはピッチ内での通訳でした。また、フットサルの専門用語はサッカーともまた違う用語が出てきますので、慣れるまで少し苦労しました。

―――日本サッカーが強くなるために必要だと思うものは何ですか?

土井 日常でサッカーができる環境ですね。公園でボール遊び禁止な場所が多いのが少し残念です。学校でもダメなところがあります。やはり普段から子どもたちがサッカーで遊べるというのは大きいと思います。

―――フッチボーラでは国際大会に格安で参加できますね。

土井 サンパウロ1部のイトゥアーノと協力して、選手留学や国際大会を開いています。参加人数は多いのですが、格安な分、正直不況のときは生活が苦しかった時期もありました。でも子どもたちには良い経験になりますからね。

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今回インタビューをして、土井エジソン氏からはお金よりも心で接してくれていることをひしひしと感じました。
大物ブラジル人選手や日本代表関係者が今でも彼を訪ねるのは、“献身・誠実・尊重”を説いたジーコスピリッツを、彼もまた受け継いでいるからなのかもしれません。

取材協力:土井エジソン氏
株式会社フッチボーラ
http://www.futbola.biz/

【追伸】
筆者がお世話になっているコリンチャンスは、元鹿島アントラーズでJリーグ史上初の3連覇を成し遂げたオズワルド・ジ・オリベイラ監督が指揮を執っていましたが、この度退任となりました。

就任時の戦績は2勝4分3敗。
2012年にクラブワールドカップを制し、世界一となったクラブには確かに少し物足りない成績ではあるものの、私をはじめ日本の方には寂しいニュースとなりました。
コリンチャンス公式はオリベイラ監督への感謝を述べていますが、私も今後ともオリベイラ監督を応援しています。

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