GAKKEN SPORTS BOOKS 最新版サッカールールブック
最新版
サッカールールブック
監修: 高田静夫
著: 三村高之
とっつきにくいサッカールールの内容を、日本人が理解しやすいようにジャンル分けして構成。判定の難しいケースもイラストを多く使って、簡単にわかるように解説。「日本でいちばんわかりやすいルールブック」の最新版。何かあったときに簡単に調べられる。
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ホルヘ・三村

南米通信 ~ラ・ビダ・デ・ホルヘ~

ホルヘ・三村
1960年10月23日生まれ。東京都出身。元々の南米サッカー好きが、89年のコパ・アメリカ取材を契機に沸騰。91年、気がつけば職を捨て、単身エクアドルに立っていた。現在はアルゼンチンのブエノスアイレスを拠点に、コパ・リベルタドーレス、コパ・アメリカ、ワールドカップ南米予選や各国リーグを取材している。そのかたわら、酒を中心とした南米各国のナイトライフにも造詣が深い。というよりそれに溺れ、酒とサッカーの日々を送っている。

アルゼンチン

■コパ・リベルタドーレス決勝の裏側

2018.12.12

マドリードのサンティアゴ・ベルナベウで行われたコパ・リベルタドーレスの決勝第2戦。前半にボカが先制し、後半リーベルが追いつき1-1で延長戦に突入する白熱した展開。

しかし延長開始1分、ボカは退場者を出してしまう。そして18分、ロシアワールドカップの日本戦でFKからゴールを決めたコロンビア代表のキンテーロがリーベルの2点目をゲット。終了間際、ボカにCKのチャンスが訪れる。GKをあげて総攻撃体制で挑んだボカだが、リーベルにCKをはね返され、鮮やかなカウンターから無人のゴールに3点目を決められてしまった。

同大会4度目の覇者となったリーベルは、南米代表としてクラブワールドカップに出場するため、マドリードから開催地のUAEにそのまま旅立った。

本来はリーベルのモヌメンタルスタジアムで11月24日に行われるはずだったこの試合は、ボカのバスが襲撃されるという事件により、二転三転の末、マドリードにたどり着いた。

リーベルのスタジアムまで約700メートル、大通りから右折する地点にボカの選手・スタッフを乗せたバスが差し掛かると、沿道を埋めたリーベルのサポーター集団から罵声とともにさまざまな物が投げつけられた。それらの中にはこぶし大の石やビール瓶などがあり、バスの左側側面のガラスは半分以上が破損。運転手は投石の直撃を受けて、一瞬意識を失い、チームスタッフが慌ててハンドルを押さえたという。選手も数名が被害を受けたが、そのほとんどは軽傷で済んだ。しかしキャプテンのペレスは左目を負傷。割れたガラスで角膜を傷つけてしまったのだ。

この事態にボカは、当然、当日の試合開催中止を申し入れた。しかし主催者である南米サッカー連盟(CONMEBOL)は、開催強行を主張。FIFAのインファンティーノ会長が観戦に来ており、延期などの失態を避けようとしたのだ。CONMEBOLの医師がロッカールームでペレスを診断し、「プレーに支障なし」との診断書を作成。それを根拠に、ペレスが救急車で病院に搬送され治療を受けている間、「1時間繰り下げて午後6時から試合開始」と正式なアナウンスを出した。

しかし病院での診断は、「プレーをすべきではない」というもの。テベスらボカの選手は、「こんな危険な状況で試合をする気にはなれない。優勝はリーベルにくれてやれ」と試合拒否の構え。バロスケロット監督も同様で、試合時間が迫っても選手に着替えをさせず、ロッカールームで籠城作戦。

CONMEBOLはその後、午後7時15分、午後7時45分と試合時間を変更したが、ついに翌日への順延を発表した。しかし、これでもボカは納得しない。負傷したペレスはキャプテンであり重要な選手。彼を欠くことは、著しい不利益となる。その原因がリーベルサポーターなのだから、彼が回復するまで待つべきだと主張。これをリーベルのドノフリオ会長とガジャルド監督も支持し、翌日の開催も順延(日程未定)となった。

しかし、ボカはここから態度を豹変させる。「この不祥事によりリーベルは失格、優勝はボカ」と訴え始めた。2015年のコパ・リベルタドーレスのトーナメント1回戦で両者が対戦した際、ボカのサポーターがリーベルの選手にペッパーガスを吹き付ける事件があった。その際はボカが失格となりリーベルが勝ち上がったので、今回も同様の措置を取るべきだとCONMEBOLへ訴えた。

27日、パラグアイのアスンシオンにあるCONMEBOL本部で、両クラブ、CONMEBOL、アルゼンチンサッカー協会、パラグアイサッカー協会の会長による会議が行われた。ここでCONMEBOLのドミンゲス会長は、ボカの訴えを取り上げず、12月8日か9日にアルゼンチン以外で開催するとの決定を出した。ボカのアンヘリッシ会長は、そこで改めてCONMEBOLの規律委員会に「不戦勝」の提訴をした。そして、そこで認められなければ、スイスのスポーツ仲裁裁判所に上訴するとぶち上げた。

開催地が国外となったことで、ブラジルのベロオリゾンテ、アメリカのマイアミ、イタリアのジェノバなどから決勝戦の招致オファーが舞い込んだ。その中で条件が群を抜いていたのは、カタールのドーハ。次期ワールドカップ開催国だけに招致熱は強く、両クラブへの参加報酬、優勝及び準優勝の賞金、選手向けボーナスなどに破格の金額を提示。さらにクラブワールドカップ開催国のUAEに近く、カタール航空はボカの胸スポンサーでもある。

アルゼンチンのメディアは、ドーハでの開催が決定したかのように伝え、巷では、「なぜカタールになったか知っているか。砂ばかりで、バスに向かって投げる石がないからだ」といった冗談が流行るほどだった。ところが、CONMEBOLがマドリード開催を発表。これはまさに青天の霹靂だった。これはFIFAとUEFA主導で秘密裏に話が進められたもので、CONMEBOLはこれに乗るしかなかったようだ。ブラッター前会長時代のメンバーによる一連のFIFAスキャンダルでCONMEBOLも一新され、以前のような権力は失われてしまった。

CONMEBOLの規律委員会で訴えを退けられたボカは、マドリードへ乗り込みながらも、スポーツ仲裁裁判所へ提訴した。そもそも不戦勝を主張しているボカは、この試合自体に納得していない。したがって、ボカの敗訴が決まるまで試合を延期する、という訴えも行っていた。しかしこれは、クラブワールドカップへの影響が考慮されたのか、試合前日に却下された。こうしてマドリードで両者が激突し、リーベルが栄冠を手中にしたのだ。

ところが、ボカの提訴はまだ生きている。後日、優勝チームがひっくり返るというもう一波乱があるかもしれない。

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